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スピッツ幻の名曲「あかさたな」の歌詞が芸術としか言いようがない【歌詞解釈】

こんにちは、スピッツファン歴12年のリュウです。

何かと「ロビンソン」や「チェリー」ばかりが注目されるスピッツですが、実はかなり隠れた名曲が多い。
アルバム曲の中にもびっくりするような名曲が隠れていて、逆に何でこれをシングルで出さなかったの?と不思議になるレベルです。

CDとして発売されているならまだいいのですが、中にはCDに収録されていない曲もいくつかあります。
今回紹介する『あかさたな』という曲もそのひとつです。

現在この曲は、アルバム「小さな生き物」のデラックスエディション(完全数量限定生産版)の特典である撮り下ろしスペシャルライブ映像の中でだけ聴けるレア曲。

ファンじゃなきゃ買わない限定版ですので、ファンだけが知っている特別な曲と言えます。

ちなみにこの曲はかなりファン人気も高い曲。

スピッツのファンクラブ限定ツアーでは毎回ライブで聴きたい曲を1人3曲投票することができるのですが、『あかさたな』はファン投票で第9位にランクインしていました。

ぼく自身もこの曲は大好きですし、もっとたくさんの人に聴いてもらえたらなと思っています。

そこで今回は歌詞解釈を通して、『あかさたな』がどれだけ名曲であるかを書いていきます。

 

歌詞の繋げ方に鳥肌

あかさたな 浜辺から 陸に上がってからは
怖がりですり傷だらけさ

『あかさたな』はこのような歌い出しで始まります。

あかさたな、という言葉の後に続く「浜辺から」って歌詞がやけに自然に聴けるなと思ったんですが、これをひらがなにするとその秘密が分かります。

あかさたな はまべから

そう、「あかさたなはまやらわ」という言葉の順番になぞった歌詞を繋げているのです。

歌詞を繋げ方はマサムネさんの言葉遊びの側面もあるのでしょうが、それにしても巧みな歌詞ですね。
こういう歌詞ってどうしてもわざとらしさや狙った感じが出てしまうものですが、この歌詞はかなり自然で作為的なものを感じさせません。
絶対狙って書いたと思うのですが、ひょっとして狙ってないんじゃないか?と思うほどです 笑

曲を聴き進めていくと『あかさたな』はラブソングであることが見えてくるのですが、歌い出しの歌詞からは、人間が誕生する前のはるか昔からたった1人の運命の人を探し続けていたということが想像できます。

もともと地球の生物はすべて海に生息していて、地球環境の変化にしたがって陸上で生活し始めて進化していったとされています。

 

「あかさたな」は何を意味するのか?

さて、日本人なら誰しも「あかさたな」という言葉を聞いたことはあるでしょうが、なぜ日本語は子音が「あかさたな」母音が「あいうえお」の順番で並んでいるんでしょうか?

これはサンスクリット語という古代インドで使われていた文字に由来するもので、「あかさたなはまやらわ」は当時の僧侶が仏教を研究するためにサンスクリット語を日本語に応用したことが始まりだとされています。

実はスピッツはすべての曲を「セッ○スと死」をテーマに作っています。
全然イメージと違いますよね 笑

なんでセッ○スかといえば生きる上で最も強い欲望だからであり、「セッ○スと死」というテーマは「生きることと死ぬこと」、つまり人生そのものがテーマだともいえます。

そして「あかさたな」という言葉が出来るきっかけとなった仏教で教えているのは、人はなぜ生きるのか?という生きる目的です。

すべての生き物は輪廻転生(りんねてんしょう)という死んだら別の生き物に生まれ変わることを繰り返すとされています。

しかし生きることは常に苦しみの連続です。
どんな喜びもずっと続くことはないですし、その反面苦しいことは次から次へとやってくるので、生きることは苦しみだと仏教では教えられています。

嘘でもいいから答を欲しがって 干からびるところだった

すべての生物は死んだら輪廻の中に戻りまた生まれ変わっていくのですが、それはすなわち苦しみである「生きること」を何度も繰り返すということです。

しかし輪廻の中から抜け出す方法はあって、仏教では輪廻を抜け出してずっと変わらない幸せになることを生きる目的としています。

「あかさたな」が仏教と関係のある言葉であり、仏教が生きる目的を求めている教えなのだとしたら、この歌詞でいう「答」とは”生きる理由”だと考えられます。

でも「干からびるところだった」という歌詞に続きますから、探していた答を見つけることが出来たようですね。

ほら全然ライブな手が 届きそうな距離で

今生のうちに会えたハニー 気づいてる?

ここで注目してほしいのは「今生のうちに会えた」という歌詞です。普通に考えて生きている今以外に大切な人と会うことなんて出来ません。

それなのに「今生のうちに会えた」と言っているということは、仮に今生で会えなければ死んだ後の世界でも彼女に会おうとしていたということです。

ずっとそばにいるからベイビー もう泣かないで

この歌詞の「ずっと」というのも、生きている間だけでなく死んだ後も一緒にいることを彼女に誓っている歌詞と読み取ることができます。

そしてこの歌詞以外にも死後の世界に及ぶレベルで物事を考えていることが読み取れる歌詞が存在します。
1番はっきりしているのは「いろはにほへとへとに」です。

 

「いろはにほへとへとに」という歌詞から見えるもの

「あかさたな」という言葉と仏教の関係を書いてきましたが、むしろこっちのほうがはっきりしていますね。
この歌詞が登場するのは2番の歌い出しです。

いろはにほへとへとに 倒れるほど集中して

捕まえた地球は小さかった

2番の歌詞も「あかさたな」かと思いきや、次は「いろはにほへと」です。1番よりも言葉遊びがはっきり分かりますがこれもかなり自然です。

「いろはにほへと」は何なのかというと、涅槃経(ねはんきょう)の『諸行無常 是正滅法 生滅滅己 寂滅為楽』を表す言葉です。

これはざっくりいうと「どんな人でもいつか必ず死ぬから、ずっと生きていることは出来ない。この現実を乗り越えて悟りを開くことが出来たら、すべての苦しみから解放されて幸せになることが出来る」というもの。
前述した仏教で教えている生きる目的を表した言葉ですね。

生きている間にいくらお金を稼ごうがどんな素敵なパートナーが出来ようが、死ぬときには何一つ持っていくことは出来ません。
最愛の人とも離れ離れになります。

自分が輪廻を抜け出せたとしても最愛の人が輪廻から抜け出せていなかったら、結局生きている間だけの繋がりであって、永遠に一緒にいることはできません。

つまり最愛の人とずっと一緒にいるためには2人とも輪廻から抜け出さないといけません。

子供の心で正直に話して 浮かびそうな気分になったら

さあさあ行きましょうあそこが消えちゃうより前に

人間になれたベムのフィーリング わかるかな?

「人間になれたベムのフィーリング」って歌詞が面白いですよね。
おそらくこの曲が発表された頃に「妖怪人間ベム」の実写ドラマが放送されていたので、その影響を受けての歌詞と思われます。

ただこれも単なるウケ狙いの歌詞ではありません。

悟りを開いて輪廻を抜け出すことが出来たなら、それはもう天にも昇るほどの喜びなのだといいます。
それこそ「浮かびそうな気分」「人間になれたベムのフィーリング」です。
その状態を知らないので恐らくですが←

残念知らないままで 通り過ぎるとかイヤでしょ

ずっとそばにいるからベイビー もう泣かないで

そうすると「ずっとそばにいる」という言葉の意味合いも変わってきます。

これは生きている今はもちろんのこと、死んだ後の世界でもそばにいるということを誓っている歌詞です。

そしてこう言い切れる根拠は他にもあります。

 

『アモーレは「U」に曲がってる』とは?

ハイハイしてた頃には嫌いだったらしいけど

問題ないよアモーレは「U」に曲がってるから

アモーレって聴くと流行語にもなったサッカーの長友選手の言葉を思い出しますよね。
でも長友選手が言ったのは2016年で、スピッツがこの曲を出したのは2013年なので長友選手とはまったく関係がありません。
それなのに「アモーレ」って言葉に注目したあたり、スピッツは時代を先取りしていたと言えなくもないです 笑

ひょっとすると「あかさたな」が2016年発売のアルバム「醒めない」に収録されなかったのは、この言葉が話題になりすぎて流行に乗っかったと思われるのが嫌だったんじゃないか?とぼくは考えています。

まあそれはさておき、歌詞でぼくが注目したいのはその後の『「U」に曲がってるから』という歌詞です。

なんで「U」なのか?曲がっていることがなんで問題ないことなのか?
『あかさたな』の歌詞の中で1番引っかかる歌詞です。

これについてはファンの人たちがいろんな解釈をしていて、『「U」に曲がってる=あなた(U=you)に愛が向かっている」というような解釈が多かったです。

スピッツの歌詞は人それぞれいろんな解釈が出来るのが魅力ですから、これは違うだろ!って否定するつもりはありません。
ただぼくはそれだとスピッツにしては普通すぎると思いましたし、「U」と大文字にしていることと「 」で囲っているあたりに何か秘密があるんじゃないか?と考えました。
それに「あなたに向かっている」ということなら「曲がってる」じゃなくて「向かってる」でもいいんじゃないかと。

そこで他の見方が出来ないかなと「U」についてネットで調べるうちに新しい見方に気づきました。

「U」っていうのは高校数学に出て来る和集合で使われる記号でもあるんです。

数学の復習みたいな話になりますが、Uは「要素と集合」という問題で出て来る記号です。AとBの少なくとも一方に属する要素全体の集合を「AとBの和集合」といい、A U Bと表します

たとえばこのような図の場合、集合Aは「1、2、3、4、5」で集合Bは「4、5、6、7、8」です。
そして和集合A U B は「12345678」となります。

また、『要素と集合』の問題では「∪」の他に「∩」という記号も出てきます。

よく似た記号ですが「A ∩ B」だったら「AとBの共通部分」という意味になり、図でいうと2つの斜線部分が重なった部分の「4、5」だけが集合を表すものになります。

「∩」と「∪」で何が変わるのか?

ではこの和集合の知識を歌詞に応用して考えてみましょう。

ぼくはこの2つの円を2人の男女の人生だと考えました。

もし2人の関係が「A ∩  B」だったら?
2人は人生の中でほんの一部しか交わらない、共通しないということになります。

では「A ∪ B」だった場合はどうでしょう?
2人の人生を作っている要素は共通の集合体となり、2人の人生が完全に重なるのです。

また、スピッツの歌詞には「月」とか「くす玉」「ビー玉」といった丸いものがよく登場します。
丸いものには終わりがなく続いていくことから、前述したような輪廻を表す比喩表現であることが多いです。

つまり和集合の図は2人の輪廻を表すもの。

「∩」ではなく「∪」だから、現世だけでなく死んだ後の世界でも2人は永遠に結ばれていて、一緒にいられる。だから問題ないよ。もう泣かないで。

ということなのではないかと解釈しました。
結構ありえるんじゃないかと思うのですが、どうでしょうか?