生きていくことは苦しい。
次から次へとぼくたちを悩ませることがやってくるので、生きているだけで死にたくなるような世界です。
しかし生きることは意外にもシンプルなもので、見方を変えるだけでグッと生きやすくなります。
ぼくたちの心の悩みに答えを示してくれるのがこちらの本です。
世界三大偉人の一人であるお釈迦様は、35歳で悟りを開いて80歳でなくなるまでの45年間で苦しみを亡くし幸せに生きていくための方法を伝えていきました。
仏教は漢字も多くて難しく思えますが、その内容はシンプルですし誰でも実践できるものです。
著者の岡本先生はかつて「幸せのタネをまくと幸せの花が咲く」という本を出していて25万部ものベストセラーとなりました。
そんな岡本先生の6年ぶりの新作が今回紹介する本です。
- 学校や職場の人間関係で悩んでいる
- すぐイライラしてしまう
- 毎日を明るく生きていきたい
こんな人におすすめの内容です。
自分の行いでどんな日も「素晴らしい1日」になる
仏教の教えというのはシンプルなもの。
いい行いをすればいい結果が、悪い行いをしていれば悪い結果が起きるというもので、「因果の道理」ともいいます。
いい行いをしていて悪い結果が起こることはありません。
悪い結果も自分の行いが招くものです。
当たり前のことすぎて拍子抜けするかもしれませんが、この当たり前のことが意外と出来ていないものなんです。
世の中では「大安」の日はよいことが起きる日、「仏滅」は悪いことが起きる日だと考えられていて、これを基準に結婚式の日を決めることもあります。
大安・仏滅はすべての人が同じ1日を過ごすのだから、その日が仏滅であれば世界中で悪いことがおきていなければおかしいです。
しかし実際には「仏滅」でも受験に受かる人もいれば落ちる人もいるし、「大安」でもフラれるときはフラれます。
受験にせよ恋愛にせよ、うまくいくかどうかはそれまでの積み重ねによって決まりますよね?
お釈迦さまは、その人自身の心がけや行いが、よい日、悪い日を決めるのだよと教えられています。
あなたが、精一杯、よい行いの”タネまき”を心がければ、その日が仏滅でも、友引でも、かならず素晴らしい日になります。
どんなことも自分の行いの積み重ねによって決まります。
神頼みをしたり星に願ったところで誰もかなえてはくれません。
どんな人でも自分自身で幸せな人生を作っていくことができます。
言葉ではなく「心」に耳を傾ける
ぼくの見る限りコミュニケーションがうまい人は常に心を開いています。
人見知りすることもないので、はじめて会う人でも友だちのように接しています。
人は自分を受け入れてくれる人に心を開くので、相手が心を開いてくれているとこっちも楽に自然な気持ちで話しができます。
よい人間関係を作るには「あなたを受け入れている」ということを態度で示すことが大切です。
そのために心がけていくべきことは相手の言葉ではなく心に意識を向けることです。
私たちが心で思っていることと、口で言っていることは一緒ではありません。
思ったとおりのことを言葉に表しているのではないのです。
ですから、相手の言葉に反応するのではなく、どういう気持ちでそう言ったのかを察して、その気持ちに向かって言葉をかけていくことが大事です。
しかしこれは想像より遥かに難しいものです。
こんな話を聞いたことがあります。
友だちとお好み焼きを作っていたんですが、生卵が足りなくなったため友だちに「卵買ってきて!」とお願いをしました。
普通はこれで「生卵を買ってきてほしいんだな」と分かりますが、この友だちには生卵が欲しいんだとは伝わっていませんでした。
しばらくして友だちが買ってきたのはなんと卵サラダ。
その友だちにとっては「卵=卵サラダ」だったらしく、卵を買ってくるようお願いされて当然のように卵サラダを買ってきたということです。
卵サラダは卵なんで、間違ってはないですしね。
まあこれはかなり極端な例ですが、自分の体験と結びつけた思い込みで話を聞いていると相手の本当の気持ちを知ることはできません。
何を考えているのか?何を分かってほしいのか?という相手の心に100パーセント耳を傾けていく必要があります。
ちなみにさっきの話でお好み焼きを何人で作っていたかは一言も言っていませんが、何人だと思って読んでいましたか?
2人?3人?もしかしたらもっと多いかもしれませんよ。
ダメなところは”ごく一部”だけ
うまくいかないことがあると自分を責めて落ち込むことは誰しも経験があるでしょう。
中には自分を責めすぎて「私なんて何をやってもダメなんだ」と、激しい自己嫌悪におちいる人もいます。
しかしうまくいかなかったのはその物事だけで、ダメだったのはそれにたいして自分がした行動のみ。
自分のすべてが悪いのではなく、ごく一部だけに問題があったのです。
以前、精神科医の明橋大二先生と対談をしたときに、こんなお話を伺いました。
「一つうまくできないことがあると、自分は全部ダメなんだと思って落ち込んでしまう人が増えている。
そういう人は、自分を0点か100点で評価してしまっている。
一つもできていない人なんていない。できている部分もあるはず。
できていないところばかりに目を向けるのではなく、できているところもちゃんと見ていきましょうとアドバイスしています」
すべてにおいて完璧な人なんてこの世にいません。
金融コンサルタントでバリバリ働いて結果も出しているような人でも、電車の定期券をしょっちゅうなくしたり家で服を脱ぎっぱなしにして奥さんに怒られてばかりってこともあります
直すべきところが一部だけだと分かっていれば改善もしやすいですし、不必要に自分を責めることもなくなります。
まずは悪いところよりよかったところを見ていくことからはじめましょう。
「もったいない」の本当の意味とは?
日本の「もったいない」という言葉は世界的に知られています。
きっかけはノーベル賞を受賞したことのある環境保護活動家のワンガリー・マータイさんがこの言葉に感激して紹介したことです。
この「もったいない」という言葉は実は仏教が由来の言葉です。
ぼくたちが何気なく使っている言葉の中にも仏教の言葉はいくつもあります。
語源は仏教でも本来の意味とはちょっと違う意味で使われている言葉もあります。
「もったいない」はそのものの本来あるべき姿ではないという意味で、そのものを活かしきるという精神が隠れている言葉です。
もったいないというと物のあつかいについて使われることが多いですが、物だけではなく人に対しても当てはまります。
たとえば仕事でミスが多く物覚えの悪い部下がいるとします。
その部下にたいして「こいつは仕事ができない」というイメージをもち、仕事ができないと決め付けて指導するといつまでたっても仕事ができるようになりません。
「~な人だ」と決め付けて接しているとそのイメージどおりの人になっていってしまうからです。
つまり仕事ができないと決め付けて指導していると、本当はものすごく能力があったとしても仕事ができない部下になっていってしまいます。
本来の能力を発揮できないのですから、こんなにもったいないことはないですね。
あらためて、自分や周囲を見つめ直してみると -
もっと、自分の得意なことや持ち味を活かせるのではないだろうか?
○○さんの長所をもっと、活かせるのでは?
使っていないものも、有効活用することを考えれば、工夫一つで活かせる方法が見えてきます。
今やっている仕事では能力を発揮できなくても別の仕事だったら活躍できるかもしれません。
自分だけでなく相手の能力にも限界を決め付けずに尊敬の気持ちをもって接することが重要です。
自由とは「自らに由る(よる)」こと
人間誰しも一度はもっと自由に生きたい!ということを考えるものです。
自由を強く求めた尾崎豊やブルーハーツが支持されたのは誰もが抱える自由への思いを代弁していたからでしょう。
では自由とはいったいなんでしょう?
アドラー心理学では「他者に嫌われること」だと言われています。
実は「自由」という言葉も仏教が由来の言葉です。
自由は「自らに由る(よる)」と読むもので、本来の自分に立ち帰るという意味です。
本来の自分の気持ちに立ち帰ることができれば、「こうしなければならない」という思い込みや、「周りからどう思われるだろうか」といった恐れに振り回されず、自分の本当の気持ちに従って生きることができます。
これはぼくも耳が痛い話です 笑
こうしないといけない、どう思われるだろうと回りばかり気にして自由からはほど遠いです。
今は本当の気持ちにフタをして押さえ込んでいると、自分自身で感じます。
自分と向き合うことが大切ですね。








