読み終えるのが惜しいと思った小説は久しぶりです。
2018年の本屋大賞受賞作「かがみの孤城」を読みました。
あなたを、助けたい。
学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた――
なぜこの7人が、なぜこの場所に。すべてが明らかになるとき、驚きとともに大きな感動に包まれる。
生きづらさを感じているすべての人に贈る物語。一気読み必至の著者最高傑作。(Amazon商品紹介より)
辻村深月は過去に何度も本屋大賞にノミネートされつつも受賞を逃していましたが、今回ついに大賞となりました。
人間の欲や本質といった黒い部分をズバズバ描きつつも、最後にはそれもひっくるめて感動的な結末を作り出す。
ぼくはエグイだけでも後味が悪いし王道の展開だけでもつまらないと感じるタイプなので、辻村深月はぼくが1番好きなストーリー展開を作ってくれる大好きな作家です。
最近は初期の作風から離れ気味でしたが、今回はファンがずっと待ち望んでいた原点回帰した作品です。
なおかつクオリティが頭ひとつ抜き出て高いところが本屋大賞受賞の要因なのかなと思います。
読者をうならせるミステリー要素、登場人物の意外な結びつき、驚きと感動が一度にやってくるラスト。
辻村深月作品のすべてがこの一作につまっています。
「かがみの孤城」のあらすじ

主人公は中学1年生の安西こころ。
彼女は同じクラスの真田美織にいじめを受けて不登校になっていました。
いじめられた理由はこころが何かしたってことはなく、相手の一方的な思い込みと自分勝手な考えからいじめを受けたって感じです。
「こころの教室」という子ども育成支援のスクールに通うことも考えていましたが、いじめで精神的な傷を負っていて、学校はおろか学校のようなところに行くことも難しくなって家にこもる日が続いていました。
そんなある日部屋の中にある鏡が内側から目を開けていられないほどの光を放ち始めます。
鏡の中に体ごと吸い込まれていったこころが目を覚ますと、そこには狼のお面をつけピンク色のドレスを着た同年代くらいの女の子が立っていて、背後には西洋の童話で見るような立派な城がそびえたっていました。
「おっめでとうございまーす!」
目を見開くこころの前で、声が響き渡った。(中略)
「安西こころさん。あなたはめでたくこの城のゲストに招かれましたー!」
こころ以外にも中学生の子どもが6人招待されていて、こころを含めると7人の中学生がかがみの中の城に来ていました。
なんでもここはどんな願いでも叶えることができる城のようでした。
「お前達には今日から三月まで、この城の中で”願いの部屋”に入る鍵探しをしてもらう。
見つけたヤツ一人だけが、扉を開けて願いを叶える権利がある。
つまりは、”願いの鍵探し”だ。
ー 理解したか?」

鍵探しが行われるのはこころたちが招待された5月から来年の3月30日まで。
それまでに鍵を見つけられなかったら鍵はなくなり、城に来ることもできなくなります。
もし期限前に鍵が見つかった場合は、その時点で城が閉じられます。
城が開くのは毎日日本時間の朝9時から夕方5時まで。
5時までには鏡を通って家に帰っていることが絶対守るべきルールで、もしやぶったときにはぺナルティーで狼に食べられることになります。
城が開いてるのが朝9時から5時までってなんだか学校みたいですよね?
そして中学生である7人がこの時間に城に来れるということは・・・
そう、7人には学校に行っていないという共通点があるのです。
「かがみの孤城」の登場人物
ポプラ社さんより発売中 辻村深月さん著
『かがみの孤城』 にて描かせて頂いた人物イラストです。#かがみの孤城 pic.twitter.com/T86k2ZlFJx— 禅之助 (@rakugaki100page) 2017年6月7日
こころ。
ジャージ姿のイケメンの男の子。
ポニーテールのしっかり者の女の子。
眼鏡をかけた、声優声の女の子。
ゲーム機をいじる生意気そうな男の子。
ロンみたいなそばかすの、物静かな男の子。
小太りで気弱そうな、階段に隠れた男の子。
ー 全部で七人。
かがみの孤城は城に集められた7人と、こころたちを城に連れてきた”オオカミさま”を中心に物語が進んでいきます。
他にも登場人物はいますが、こころ以外のメインとなる7人を順番に紹介します。
リオン
中学1年生。
こころもイケメンだと感じていて、異性にも同姓からも好かれそうなタイプ。
日焼けをしていることから普段から外に出ていることが伺えて、こころは気後れしてしまう。
彼の存在は物語の真相においてもかなり重要となります。
アキ
中学3年生。
運動神経抜群がよく、さらには美人でモテそうなタイプ。
他のメンバーともいち早く打ち解けるコミュニケーション能力もあるため、どうして学校に行っていないのかこころは不思議に思っています。
ネタバレになるので詳しくは書きませんが、この物語の陰の主人公のような立場にいます。
フウカ
中学2年生。
おかっぱ頭でメガネをかけているオタクっぽい容姿の女の子。
城に来ても基本単独行動していて無表情でそっけない受け応えをするため、こころはフウカとの間に溝を感じていた。
のちのち分かるのですがフウカは単純に素直じゃないだけで、そっけない態度も照れ隠しみたいなものでした。
ようするにフウカはかなりツンデレなのです。
マサムネ
中学2年生。
メガネをかけていて、目つきと口の悪いゲーマー男子。
口の悪さにこころも当初いい印象をもっていませんでしたが、城で一緒に過ごすうちに悪気があるわけじゃないことが分かってからは口が悪いことを気にしなくなる。
学校に行っていないが、マサムネの両親は「学校で学べることなんて大したことないから、合わないなら自宅学習でいい」という主義で教師のこともレベルが低いとバカにしていて、無理に学校に行かせようとはしていない。
スバル
中学3年生。
こころのことを「こころちゃん」とちゃんづけで呼ぶ。
他の女子二人も同じように呼んでいて、紳士的で大人びたしゃべりかたをする。
願いの部屋の鍵を探すことよりもマサムネが持ってくるゲームのほうが興味があるため、マサムネに協力して鍵を確保して期間ギリギリまで城で過ごしたいと思っている。
最終的にはある決意を抱いて城を出て行きますが、これがまたいい場面です。
ウレシノ
中学1年生。
太っていて食いしん坊で、城に来たばかりのころも食べ物があるかどうかを気にしていた。
異常に惚れっぽい性格でアキに一目ぼれして、鍵を見つけてアキと付き合いたいと思っている。
しかしウレシノの惚れっぽさはそれだけに留まらず・・・
最初はあまりいい印象を持たないキャラかもしれませんが、最終的には彼のことも微笑ましく感じられるようになります。
オオカミさま
狼のお面をしてピンクのドレスを着た女の子。
こころたち7人に自分のことを”オオカミさま”と呼ばせる。
城の中にいつもいるがこころたちの前には姿を見せたり見せなかったりで、お世話係兼お目付け役のような立場。
鍵の隠し場所については最初から何度もヒントを出していたが、こころたちがそのことに気づくのはずいぶん後のこと。
彼女の存在はファンタジーとして終わらせるかと思いきや、最後の最後でミステリー要素と結びつき感動的な場面を作り出します。
「かがみの孤城」の感想
読み手の心をえぐりとるかのような心理描写

この作品に限った話じゃないですが、辻村深月は登場人物の心理描写がズバ抜けてうまいです。
特にこころが不登校になるきっかけとなった事件の場面はもはやホラーかと思うほどの怖さがあって、読んでいて鬱な気分にさせられます。
もしここで鍵がかかっていなかったら、興奮した真田さんたちは平気でうちの中まで入ってくるだろうという気がした。
中にいるこころを見つけたら、こころをここから引きずり出して、そして ー 殺してしまうだろう、という気が、大袈裟でなく、した。
あまりに怖くて、声も出なかった。
冷静になって考えてみればいじめの描写はそこまで悲惨なものではありません。
それなのに読んでいて鬱にさせられるのはこころが感じた恐怖や感情がひしひしと伝わってきて、自分がされたことのように思えてくるからです。
物語の中に鬱にさせられる場面がいくつもあるので、読んでいていい気分はしません。
しかしこれもラストの感動のためには必要なものです。
ちょっと古い例になりますが、「半沢直樹」だって散々イライラさせられた後に倍返しするからこそスカッとしたはず。
最後には鬱な気分もひっくるめて感動を作り出すので、そこまでがんばって読みましょう 笑
登場人物が友だちのように思える

突然城に集められてお互いのことを知らなかった7人ですが、城で過ごすうちに友情を育んでいって、最終的には城でみんなで一緒に過ごすことに喜びを感じるようになります。
三月が終わって城が閉まって、それぞれの世界に戻ってからみんなの世界がどうなるのか、続きを知ることはもうできない。
どれだけ心配しても、分からないまま。
胸が痛んだ。
みんな、どうか元気で、と願う。
幸せになって、と祈る
こころも期限の3月30日が近づくころには、みんなと会えなくなることをさみしがるようになります。
ぼくも読んでいてこの7人のことが大好きになってしまっていたので、物語の終わりが近づくにつれ「ああ、もうすぐこの7人と会えなくなるのか…」と読み終えるのが惜しい気持ちでいっぱいになりました。
辻村さんはこころを読者に1番近い存在にすることを意識していたそうです。
だからこころは自分の分身みたいな存在になったし、こころを通してみんなと会話をしているような感覚にさせられました。
小説の登場人物というより実際にいる友だちのように思えてきました。
そのくらいキャラが魅力的。
少なくとも3人は好きなキャラが出来て、別れを惜しむ気持ちがわいてきます。
ミステリー要素が驚きと感動を生む

ネタバレになるので詳しく書くことができませんが、ミステリー要素がとにかくお見事。
伏線が序盤からいくつも仕掛けられていて、読みながら「ああ、そういうことだったのか!」とうならされます。
終盤で一気に物語の真相が見えていくのですが、この場面は感動的でページをめくる手が止まらなくなりました。
そしてすべてが明らかになったときにやってくる温かい感動。
これを味わってしまったらもう辻村深月の虜になります。
また、初期の辻村深月の作品では作品ごとにいくつものリンクがはられていました。
とある作品に登場したキャラクターが別の作品で思わぬ形で登場していて、ずっと会ってなかった友だちに久しぶりに再会したようなうれしい気持ちにさせられます。
今まではこれを味わうためには最低でも2作読まないといけませんでした。
しかし「かがみの孤城」ではミステリー要素が効果的に働いて、この一作だけで思わぬ再会の幸福感を味わうことができます。
さらにすべてを知った後だと「これってもしかして…!」と思わぬつながりを感じられる場面がいくつかあります。
たとえばこの場面。
フウカは机の上の勉強道具を見る。
「勉強は一番、ローリスクだから」
「へ?」
「才能があるかどうかなんて賭けに乗るより、地道だけど、一番確実な方法かもしれないって思うんだ」
嫌味に思われなければいいな - と思いながら、アキに言う。
(中略)
「私もやろうかな、勉強……」
聞き終えたアキがそうぽつりと言ってくれて、だからフウカも
「うん」と頷いた。
「そうしなよ。一緒にやろう」と。
これだけでもいい場面に思えますが、すべてが分かったあとだと全然意味合いが違います。
読み終わってから気づける仕掛けにまた涙を誘われます。
いったいどんだけ仕掛けてるんだよ。。。
感動作に恥じない完成度。だけど物足りない

この作品は感動作を謳われていますが、その評判に決して恥じることのない完成度で、さすが辻村深月の一言です。
実際ぼくもかなり感動したのですが、それと同時にちょっと首を傾げました。
というのも、この作品はもっと感動作に出来たんじゃないかと思えて仕方ないからです。
前述した伏線であったり意外な結びつきなどいいところがいくつもあったため、すごい作品になりそうな予感がものすごかったのですが、いざ読み終えると期待をこえてくるものではありませんでした。
ミステリー要素が効果的で感動を生み出している反面、さらなる感動を抑えこんでしまったかな?と感じる部分もあります。
ただこの作品の感想を聞く限りみんな特に気にしていないようなので、ぼくが余計な期待をよせすぎていただけでしょう。
「かがみの孤城」はデビュー作のアンサー?
もっと感動作に出来たんじゃないかという思いはあるものの、辻村深月の魅力が存分に出た傑作で幸せな読書となりました。
こういう作品を作り出してくれるから辻村深月のファンはやめられません。
一作で辻村深月の魅力を味わうことのできるので、まだ彼女の作品を読んでいない人も何作も読んでいる人もぜひ読んでみてください!
ちなみに「かがみの孤城」を読んだ辻村ファンの人の多くが、この作品はデビュー作である「冷たい校舎の時は止まる」のアンサーだと言っています。
ぼくはまだ未読なのでなんともいえないのですが、合わせて読んでみると思わぬ感動があるかもしれません。
気になる人はあわせて読んでみましょう。ぼくも今読んでいるところです。








