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奥田英郎「空中ブランコ」のあらすじと感想。 あなたはこのキャラを吐き出すか飲み込むか?

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こんにちは、リュウです。

今回は異色の医療小説を紹介します。

 

人気作家・奥田英朗の直木賞受賞作「空中ブランコ」です。

 

 

 

伊良部総合病院地下の神経科には、跳べなくなったサーカスの空中ブランコ乗り、尖端恐怖症のやくざなど、今日も悩める患者たちが訪れる。

だが色白でデブの担当医・伊良部一郎には妙な性癖が…。

この男、泣く子も黙るトンデモ精神科医か、はたまた病める者は癒やされる名医か!?
直木賞受賞、絶好調の大人気シリーズ第2弾。

(Amazonより引用)

 

この作品は『伊良部シリーズ』と呼ばれる奥田英郎の人気シリーズの第2作目です。

 

シリーズ物といってもオムニバス形式の短編集となっていて、精神科医の伊良部と看護師のマユミ以外の登場人物は毎回変わっています。

だから第2作となる「空中ブランコ」から読んでも問題なく楽しめます。

 

医者が主人公の小説はかなりありますが、これはなかなか異質なんじゃないでしょうか?

 

 

「空中ブランコ」のあらすじ

この小説は5つの短編で構成されていますが、大まかな話の流れはいつも同じです。

 

  1. ある問題を抱えた患者がたまたま見かけたなどの理由で『伊良部総合病院』を訪れる
  2. 『いらっしゃ〜い』という神経科に似合わない甲高い声で迎えられる
  3. なんやかんや理由をつけてビタミン注射をうたれる。
  4. 患者は次第に伊良部の奇妙な言動に逆らう気力をなくし、なんとなく通院するようになる
  5. 伊良部の言動に振り回され、問題がさらに大きくなることも←
  6. でも最終的に解決する

  

伊良部は30代後半の中年の医者なのですが、その言動がとにかく幼稚。

まるで5歳くらいの子どもが親にたいしてするような言動を患者に繰り返すのです。

 

見た目は大人、中身は子ども。コナン君の反対の存在です。

中年の太った男が子どものように接してくる姿を想像すればその奇妙さが分かるでしょう 笑

 

変な言動はしつつも伊良部は実は凄腕の精神科医で、他の精神科医ならやらないような突拍子のない方法で患者の病気を次々と治していってしまう・・・

 

 

なんてことはまるでなく、伊良部は最初から最期まで子どものような言動を繰り返すばかりでまともな治療は一切しません。

睡眠薬を出してほしいという患者に間違えて整腸剤を出して『あはははっ』と笑っているほどで、はっきり言ってヤブ医者です。

  

しかしどういうわけか彼の診察を受けた患者はまともな治療を一切受けていないのに抱えていた問題が解決していってしまいます。

そしてその流れがどの短編も感動的で、読み終えた時には清々しい気持ちにさせられます。

 

伊良部のわがままかつ非常識な言動に笑わせられ、時に呆れ、それでも最後は温かい感動に包まれる。

これが「空中ブランコ」という小説のもつ不思議な魅力です。

 

5つの短編のあらすじ

「空中ブランコ」は全5個の短編で構成されています。

 それぞれのあらすじを簡単に紹介します。

 

1. 空中ブランコ

サーカス団員の山下公平はサーカスで主任を務めるリーダー的存在。

しかしここ最近は空中ブランコでの失敗が続いていました。

 

空中ブランコでタッグを組んでいるのは若手団員の内田。

公平は空中ブランコの失敗は内田にあるとして不満を感じていて、演技後に内田を問い詰めたすえ殴るまでになっていました。

  

見かねた上司の勧めで伊良部総合病院を訪れますが、伊良部は公平が空中ブランコのりであることに興味深々。

自分も空中ブランコをやってみたいらしく、出張診察だと言ってサーカスを訪れて無理やり練習に参加するようになりました。

 

しかし持ち前の他人に壁を作らない性格によって、次第にサーカス団員たちにも受け入れられていく伊良部。

そしてそんな伊良部の姿は公平にもある変化をもたらすのでした。

 

 2.ハリネズミ

猪野誠司(いのせいじ)は渋谷界隈をシマとするヤクザ・紀尾井(きおい)一家の若頭。

かつては「渋谷のイノシシ」と呼ばれたこともありました。

 

そんな誠司はヤクザとしては致命的で、誰にも知られるわけにはいかない症状を抱えていました。

それは尖端恐怖症。

先が尖ったものを見ると目に突き刺さるイメージが浮かんでくるため、家で箸を使って食事をすることもできません。

 

ヤクザは職業柄包丁などの刃物を目にすることも多いですが、刃物を見ただけで声をあげてひるんでいるようではヤクザが務まりません。

そのため内縁の妻の勧めもあって伊良部総合病院を訪れます。

 

しかし伊良部は誠司が尖端恐怖症なのを分かったうえで『克服するいいチャンスじゃない』と言い張って、嫌がる誠司に無理やり注射をうとうとします。

通院のたびに注射をうとうとしますがいつも逃げられるので、3回目のときにはイラン人を雇って誠司を抑えつけてまで注射をうとうとしました 笑

 

伊良部は誠司がヤクザであることを分かっていますがまったく恐れた様子を見せません。

そのことが誠司には新鮮に思えたこともあり、伊良部の診察を受けにいくようになります。

 

しかしヤクザをしている誠司の前には血判状など尖端から逃れられない試練が次々訪れます。

なかなか克服の兆しが見えなかった尖端恐怖症ですが、思いがけないきっかけで克服していくことになります。

 

3.義父のヅラ

池山達郎(いけやまたつろう)は大学講師であり附属病院の神経科に務める医者でもあります。

伊良部とは大学時代の同期であり、 大学の同窓会に参加したさいに二人は再会しました。

 

達郎は大学の教授であった野村の一人娘である瞳と結婚しています。

特に野心家ではない達郎ですが教授にならなければ意味がないと思っており、教授の身内になるというのは願ってもない話でした。

 

こうして野村が義父となったのですが、野村は誰がどう見ても分かるほどあからさまなヅラをつけています 笑

 

達郎は結婚してから人前で反感をかうようなことをしたくなる”強迫神経症”の症状に悩まされるようになりました。

その中でも特に強い衝動が義父であり今では医学部学部長に就任している野村のヅラを剥ぎ取りたくなるというものです。

  

野村は医学部学部長になのですから、ヅラを剥ぎ取るなんてことをすればいくら義父とはいえ許されることではありません。

達郎は大学をクビになるかもしれません。

しかしそれでも強い衝動にかられてどうしようもない。。。

  

強迫神経症のことを隠していた達郎でしたが、同窓会で伊良部に強迫神経症を見抜かれたことで伊良部の診察を受けにいきます。

そして伊良部が治療と言いはる子どもじみた行動に付き合わされることになりました。

 

『空中ブランコ』の5つの短編の中で笑いに関していえばこの話がズバ抜けています。

かなりバカバカしいですがなんか笑ってしまうんですよね←

 

4.ホットコーナー

坂東真一(ばんどうしんいち)はプロ入り10年目の野球選手。

ゴールデングラブ賞を3度受賞しているサードの名手です。

 

しかしある試合で相手チームの選手から、世間で注目されているルーキーの鈴木に変われと野次を飛ばされたことでファーストに送球ができなくなるイップスにかかってしまいました。

 

イップスとは精神的な要因で自分の思い通りのプレーや動作が出来なるものです。

これによって引退することになったプロ選手が数多くいます。

  

真一はイップスを自覚しつつも周りに知られることを恐れて、球団が契約している病院とはまったく関係のない伊良部総合病院にやってきました。

 

伊良部はいつものように治療らしいことはせず、真一と一緒にキャッチボールをして遊んでばかり。

真一としては治療に来ているというよりキャッチボールの相手をしに来ているようなものでした。

 

しかも伊良部はイップスの症状のことをよく分かっていながらわざと真一を惑わせることばかり口にして、真一の症状はよくなるどころかどんどん悪化していきます。

 

そんな真一のイップスは、たったひとつの原因を見つけたことから改善に向かい始めます。

 

5.女流作家

星山愛子(ほしやまあいこ)は都会の男女の心の機敏を描かせたら当代一とも言われる女性作家。

 

しかしここ最近は新しい小説を書こうとすると、昔書いたことのある設定 ・内容ではないか?という不安にかられて全作品を見返さなくてはいられないほどになっていました。

全作品確認し内容のメモをとっても見落としていることがあるんじゃないかと不安になります。

 

それに加え2年前に神経科に通って治療していた心因性嘔吐症が再発

2年間の間に引っ越したので、新しい神経科を探して伊良部総合病院にやってきました。

 

心因性嘔吐症の原因は愛子本人が1番よく分かっていました。

かつて入念に取材して書いた自信作の小説が売れなかったことが未だにこたえているのです。

このことから愛子は自分が書きたいものと世間が自分に求めているものがかけ離れていることを知り、ギャップに苦しむようになります。

 

診察をした伊良部は愛子が作家であることを知って自分も作家になろうと考えたようで、愛子のツテで出版社に紹介してもらい自分の小説を出版しようとします。

 

愛子は編集者に押し付ける形で伊良部を紹介しますが、伊良部の小説を舐めきった態度にストレスを与えられ心因性嘔吐症は悪化する一方。

しかし愛子はある人物の言葉と新たに出来た読者の存在によって、作家として大切なことを思い出します。

 

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「空中ブランコ」の感想

伊良部の存在が教えてくれるもの

伊良部はまともな治療は全然しないし、5歳児のような言動を繰り返していて医者だとは思えません。

でもそんな伊良部は時折ぼくたちをハッとさせてくるのです。

 

例えば1話目の『空中ブランコ』で伊良部は無理やりサーカスの練習に参加し、綱渡りや空中ブランコをやり始めます。

 

普通は高さに恐怖を感じて腰が引けてしまうのに、伊良部には”好奇心”しかないため躊躇なく思いっきり踏み込むのです。

そしてついには団員の助けが大きいとはいえ空中ブランコを一週間で出来るようになってしまいます。

  

ヤクザを相手にしてもまったく恐れないし、イップスでコントロールが出来なくなった患者には「コントロールって何なの?」と、プロ選手でも考えたことのなかった疑問を投げかけます。

 

大人の凝り固まった思考では到底考えつかない、子どものような伊良部だからこそできることです。

 

ぼくは精神病の知識はないのであくまで推測ですが、精神病の原因は大人になったことで知識がついて考えすぎて、本来の自分を抑えるようになるからじゃないかと思っています。

 

子どものころはこれは危険とかいうことが分からないので、自分の気持ちや興味のおもむくままに行動していました。

それが大人になるにつれ周囲の目線を気にするようになって、やりたいことがあっても隠したり周りに合わせて我慢するようになります。

 

でもそんなことは気にせず自分の気持ちに正直になって、ちょっとわがままに生きるくらいのほうが悩まないし楽しいはずです。

そんな生き方をしている伊良部は悩みがなさそうだし、いつも笑っていて楽しそうです。

 

医者としてはちょっとアレですが、伊良部の存在はぼくたちが最も楽しく幸せに生きられる姿をあらわしているんじゃないでしょうか?

 

伊良部のキャラクターを飲み込むか吐き出すか?

結局のところ、この小説を面白いと思えるかは伊良部のキャラクターを受け入れられるかにかかっています。

 

ぼく自身は最初は伊良部を笑っていられたのですが、『ホットコーナー』と『女流作家』では本人はまじめなんでしょうが「いくらなんでも無神経すぎないか?」と思えてイライラする場面がありました。

すでに3話読んでいてこの小説のよさが分かってきていたからいいものの、序盤にイライラを感じていたら読むのを辞めていたでしょう。

 

かなり非常識なことをするので、伊良部のキャラクターが合わない人にはキツイです。

 

ラストはすべて心地よい

ぼくはイライラすることもありましたが、どの話もラストは感動的で心地よいです。

そこにいたるまでの過程が他の小説ではないパターンなのでなんだか不思議な感覚にさせられます。

 

イライラもしたけれどもう終わりよければすべてよし、ってことでもういいです←

直木賞作家の大人気シリーズ、あなたもぜひ体感してみてください!