2018書評

【あらすじ・感想】なんて物語を書くんだろう。住野よる「よるのばけもの」

こんにちは、リュウです。

住野よるさんの3作目にあたる『よるのばけもの』を読みました。

 

 

夜になると化け物に変身する主人公といじめられているクラスメイトの2人を中心とした話で、いじめが大きなポイントとなっている話です。

 

住野よるの他の作品でいうと『青くて痛くて脆い』に近い作品で、読み進めるうちに苦しくなっていきました。

なんて物語を書くんだろう、と。

 

でもそれはいじめの場面がつらいからではありません。

この物語に込められたいじめの善悪以上に重たいメッセージに気付かされるからです。

 

『よるのばけもの』のあらすじ

夜に化け物になり、いじめられているクラスメイトに会う

夜になると、僕は化け物になる。

 

主人公の”安達”はある日突然、夜になると化け物に変身するようになりました。

避けた口、6つの足、8個ある目玉、4本の尻尾。本の表紙に書かれているような姿です。

ずっと巨大な姿のわけではなく、犬くらいの大きさに姿を変えることもできます。

 

いつもであれば夜の海に行ったり、深夜の誰もいない百貨店にしのびこんだりしていた安達でしたが、この日は学校に明日の数学の宿題を忘れてきたことに気づいて夜の学校に忍び込みます。

 

「なにし、てんの?」

 

自由に動かせる尻尾を使って自分のロッカーから数学の宿題を絡め取り、どうやって外に運び出そうかと思っていた時、安達は背後から突然声をかけられます。

 

いったいなぜ?どうしてこんな時間にここに?

誰もいないものと思い込んでいた教室に人がいて、突然声をかけられ激しく動揺する安達。

化け物の姿になっている安達に彼女は臆していないように話しかけてきます。

 

「あっちー、くんだよ、ね」

「へ!?」

 

宿題を運び出そうとしているのを見たのか、彼女はこう言ってきました。

”あっちー”とは、安達が普段クラスメイトから呼ばれているあだ名のことです。

 

教室にいた彼女の名前は矢野さつき。

矢野は普段から空気が読めず、声が無駄に大きく、変なところで区切る独特な喋り方をして鬱陶しがられていましたが、矢野自身がとったとある行動が引き金となり、クラス中から無視されるなどのいじめを受けていました。

彼女が学校にいたのは夜休みをしていたからだといいます。

 

夜休みの時間が終わった時、矢野は「明日、もうちょっと早くまたここに来、てよ」と安達に言いました。

安達には「来なかったらみんなに言いふらす」という脅迫のように思えたため、翌日からもまた学校に来るようになりました。

 

人間としての昼、化け物の姿の夜

物語は人間の姿である昼の時間と、化け物になった夜の時間を交互に繰り返す形で進んでいきます。

 

人間である昼の安達はクラスの中でズレた存在になることを恐れて、みんなが好きなアーティストのことを話したり、面白いと思えない流行りのドラマの話をしたりと、自分の本当の気持ちを隠しながら過ごしていました。

 

クラスではいじめられても仕方ないことをした矢野をみんなで無視していて、矢野が「おはよ、う」と挨拶をしても全員無視。

それがクラスにはびこっている仲間意識であり、安達もみんなと一緒になって矢野のことを無視していました。

 

矢野を無視しない、矢野と関わることはクラスの仲間意識に反することであり、ズレた存在としていじめの対象になりかねません。

安達が化け物の姿でも矢野と関わりたくなかった理由はここにあります。

 

夜休みに最初は秘密を握られ仕方なくといった様子で来ていた安達でしたが、夜休みを矢野と過ごしていくにしたがって矢野のことを知っていきます。

そして「頭がおかしい」と思っていた矢野は、自分たちと同じ感覚を持った人間であることに気づいてしまいます。

 

「いじめられても仕方ない」と思っていた矢野に対する見方が大きく変わり、矢野をいじめることの正当性がどんどん失われていってしまうのです。

 

『よるのばけもの』の感想

住野よる独自の温かい余韻

住野よるの小説の魅力として登場人物の独自の言い回しがあげられることが多いですが、ぼくとしては温かい愛情のようなものがある読後感も魅力だと思っています。

どういうものかというと、『よるのばけもの』で言えば安達が矢野に、矢野が安達にそれぞれ抱いている気持ちです。

 

こういうと2人が恋心を抱いているように感じられますが、『よるのばけもの』に恋愛要素はありません。

かといって2人の間に強い友情が芽生えていたかというとそういうわけでもありません。

なんというんでしょうか、恋とか友情とかそういうものを超えた人としての愛みたいなものを感じさせられるんです。

 

うーん、全然うまく言えてませんね 笑

ただ住野よる作品独自の温かい読後感は読んだことのある人には分かってもらえるんじゃないかと思います。

 

『よるのばけもの』はいじめが大きく関わってくるので物語に暗い部分が多いですが、それでもちゃんと住野よるの小説。

ラストは温かい感動に包まれます。

 

いじめを正当化する”仲間意識”の異常さ

安達が人間の姿に戻っている昼の時間、矢野はクラス中からいじめを受けています。

夜の時間は普通に話をする2人も昼は関わることがなく、安達もクラスのみんなと同じように矢野のことを無視しています。

 

とはいってもみんなが積極的に矢野をいじめているわけではありません。

積極的にいじめているのは少数であり、安達のように「矢野が悪いとは思いつつも直接何かをすることはなく、みんなに合わせて矢野を無視している」という立場のほうが多いです。

 

この仲間意識というものがとにかく気持ち悪い。

いじめが悪だということはみんな分かっていますが、この仲間意識が働いて「いじめは間違っているけど、このクラスでは正しい」として正当化してしまっています。

 

とはいっても同じ立場だったらどうでしょうか?

ぼくは漫画なんかの主人公のようにいじめに立ち向かうことは出来ません。

そんなことをしたら自分がいじめられる可能性が高いからです。

 

自分と違う個性的な人のことは、大人も子どももバッシングしてしまうものです。

ネットには誰かの悪口を書き込む人が必ずいますしね。

だからぼくはいじめをなくすことは不可能だと思います。

 

いじめがなくならないのであれば必要なのはいじめられたときに逃げ込める場所。

転校するのもひとつの手ですし、学校とまったく違う環境が必要なのかもしれません。

なんにしても自殺という最悪の選択をしないように守ってあげられるものが必要です。

 

そういう意味では矢野にとっては夜休みの時間が自分を守る時間だったし、化け物の姿の安達が来るようになってからは安達と過ごす夜の時間が逃げ込める空間になっていたのかもしれません。

 

『よるのばけもの』はいじめがテーマではない

いじめがおこっているクラスを舞台にしているのでいじめがテーマの物語のように思いますが、そうではありません。

 

「よるのばけもの」が伝えようとしているのは周りに合わせて自分を偽るのではなく、他の誰とも違う自分の個性を受け入れることの大切さです。

 

安達はクラスでズレた存在になり、クラスで仲間外れになることを恐れていました。

だからみんなと一緒に矢野を無視していたし、自分の好きな音楽を偽り、本が好きなことも隠していました。

でもそうやって自分を偽っていたことで、安達の周りには偽りの友だちしかいませんでした。

 

 「昼の姿と夜の姿、どっちが本、当?」

 

とある夜、安達は矢野にこう聞かれます。

夜に化け物の姿で自分と話してくれる安達こそが本当の姿であると信じていて、人間の姿の安達が自分を偽っていると感じていたからです。

 

最終的に安達は自分の嫌いな部分もすべて受け入れてとある行動に出ますが、それはクラスの目線や仲間意識も関係ない安達の本当の気持ちによるものでした。

 

ややスッキリしないけど、それを上回る感動がある

この作品は今出ている住野よるの小説の中ではあまり評価されていない作品です。

その要因としては伏線が回収されていない部分もあり、モヤモヤした感じが残るということがあげられます。

 

確かにモヤモヤするところもありますが、ぼくはそこまで気にするほどのものだとは思いませんでした。

 

はっきりした答えは示されないものの「こういうことだろうな」っていう予想はつきますし、個人的にはひとつ前の作品である『また、同じ夢を見ていた』とそこまで変わらないと思いました。

 

それよりもこの重たい物語からあの温かいラストに出会えただけでぼくは満足です。

好みが別れるかもしれませんが、ぜひ読んでみてもらいたい一作です。