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スピッツの曲はなぜ儚いのか?それは「セッ○スと死」をテーマにしているから

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作品を作る時は必ずテーマがあります。

音楽でいうと例えばRADWIMPSは、年間3万人出る自殺者をひとりでも減らそうと曲を作っています。

スピッツにも曲作りのテーマがあるのですが、それはなんと「セッ○スと死」なんです!

正直そんなイメージないですよね?ぼくも初めて聞いたときは驚きました。

このテーマからスピッツの曲にどこか儚い感じがする秘密が隠されています。

過去のインタビューでの発言から分析します。

 「セッ○スと死」=「生きることと死ぬこと」

スピッツの曲作りについてボーカルのマサムネさんはこのように語っています。

 俺、歌やポエムの永遠のテーマは、セッ○スとデス(死)だと思うんですよ。だから、そういうのは常にある。自分の中でも1番大きいテーマだし、いつも深いところにそれらがある。昔はむしろ、テーマがセッ○スに傾いていたのが、最近だんだんデス(死)に向かってきてるかもしれないけど

だからどうせ死ぬっていうことで虚無になるわけではなくて、何かしらこう生きる意味というか、「自分みたいな人間が生きる意味っていうのは何なんでしょう?」っていうようなことを考えて、そういう性の部分が出てきたんですかねえ

恋愛ですか?いや、やっぱり生まれて生きている意味そのものだと思いますけどね。(中略)草野正宗個人にとっては生きることそのものっていうことですね。

マサムネさんは生きる意味が恋愛、セッ○スにあると考えました。

仏教でも人間のもっとも大きな欲のひとつに性欲があります。

これは歳をとるごとに減っていくことはあってもなくなることはなく、死ぬ瞬間まで求めるものとされています。

生きている間ずっと求めているのだから、恋愛(異性を求める)ことに生きる意味を見いだすのは決して間違いではありません。

性欲は生きていくことと切っても離せない関係があります。

つまりスピッツにとっての「セッ○スと死」は「生きることと死ぬこと」であり、人間はいつか死ぬという問題を理解したうえで生きることを歌っているということです。

どんな恋愛も死んだらすべて終わる

 あとやっぱ子供の頃の感覚に返ると、セッ○スも死も恐怖の対象だったと思うんですよ。だからそういう部分をひきずってるとこもあると思うし。

一時期僕らが小学校の時に切手収集が流行ってて、みんな切手を一生懸命集めてて、俺も周りに影響されて「切手集めはおもしろいなあ」と思って集めるんだけど、「ずうっと一生、こうやって物を収集するっていうことをして、死んだ時にそれって何の意味があるんだ?」っていうことをふと考えたりしだして。(中略)そういうとこでもう小学校の時から「どうせ死ぬんだから」って考えてましたね。

小学校のころにこのことに気づく感性。やっぱこの人天才だ・・・

生きているうえで誰でも異性を求める気持ちがあります。

誰かに恋心をもって、その人と実際に付き合って結婚することができたらそれはもう幸せなことですよね。

しかしどんな恋愛も最後は死によって別れることになります。永久にともに、なんていうのはありえないんです。

当然マサムネさんはそのことに気づいています。

スピッツにはラブソングが多いですが、どの曲にも「恋愛は死んだらすべて終わってしまう一瞬の夢のようなもの」という思いが隠れています。

どんなに好きな人とも永遠に一緒にはいられない、どんな幸せも死によって終わってしまう。

だからこそ今あるかけがえのないこの瞬間を大切に受け止めよう。

そんな思いが曲に込められているから明るい曲でも儚く聴こえてくるんです。

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 まとめ

スピッツの曲は君が好きとか会いたいとか、それだけにはとどまっていません。

人の一生、人生そのものをテーマに歌っていて、だからこそ曲に奥深さがあって長く売れているのだと思います。

もう9年以上スピッツを聴いていますが今もスピッツのことは分からないことだらけ。

だからこそ聴いていておもしろさもあります。

今までと違う視点で聴いてみると、スピッツの別の一面が見えてきておもしろいですよ!