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プロフィール

恋愛偏差値0ブロガー”リュウ”の詳細プロフィール

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はじめまして。

このブログ「World`s End で手を繋ぐ」を運営しているリュウです!

ぼくとリアルでのつながりのない人にはどんなやつが書いているのかも分からず、さぞ怪しげなブログだろうと思います 笑

そこでこの記事ではぼくのプロフィールを書いていきます。

[:contents]

リュウのプロフィール(ざっくり)

・1992年8月生まれ

・高校時代、吹奏楽部で北陸大会金賞受賞

・動物の専門学校に通っていた(動物園の飼育員志望)

・富山の一般企業で会社員

・ブログ運営歴2年、最高PVは4.4万

・スピッツファン歴12年

・恋愛偏差値0

・26歳現在彼女なし

・最愛のパートナーを見つけ、ずっと仲良く暮らしていくことが人生の目標

 リュウの小学校時代

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・引っ込み事案の子ども

・授業中に当てられるのが大嫌い

・親の顔色を伺って、おもちゃを欲しがなかった

子供は大体おもちゃやお菓子を欲しがって親を困らせるものじゃないですか。

でもぼくは全然欲しがりませんでした。

他の子供が駄々をこねて親を困らせているのを見て、おもちゃやお菓子を欲しがると親が困ると思ったからです。3,4歳のころから自分の気持ちを押し殺すことを覚えてしまいました。

といっても何でも我慢していたわけではなく、ホームセンターに行ったときはつまらなかったので「帰りたい!!」と泣きわめいていました。

その経験でホームセンター=つまらないと頭に刷り込まれたのか、今もホームセンターは好きじゃないです 笑

一言でいえば引っ込み思案な子供でした。

授業で手をあげて問題を答えることはほとんどなく、先生が誰かをあてるときはあてられないように必死に祈っているタイプでした。

中学校で吹奏楽を始める

・友だちに誘われ、仮入部で吹奏楽部に行く

・チューバを吹き、なんだかんだ面白かったので入部

・やりたい楽器が特になかったので、チューバをそのまま希望

・高校でも続けることに

特に入りたい部活のなかったぼくは友達に誘われて吹奏楽の仮入部に行きました。

吹きたい楽器もないので立ち往生していたら先輩に声をかけられ、チューバという低音域の楽器を吹きました。

こんな楽器です↓

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先輩に言われるままに吹いてみるものの音はまったく出ませんでした。

それが嫌だったのでもう一度仮入部に参加しなんとか音を出せました。それが何だかうれしかったし特に入りたい部活もなかったので吹奏楽部に入ることにしました。

入部してからどの楽器をやりたいかの希望を聞かれました。

吹奏楽のことは何も知らずやりたい楽器もなかったので「仮入部で吹いたあの楽器でいいや」と、周りがトランペットやフルートを希望する中ぼくだけがチューバを希望。他に誰も希望しないのであっさり決定。

こうしてぼくはチューバを吹きはじめました。

それからは楽器づけの日々。3年間続けて吹奏楽の楽しさを実感していたので、高校でも続けることに。

まともな人間になった高校時代

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・全国大会にも出場する学校に進学

・楽器づけの日々

・なんども辞めたくなるが、意地で続ける

・卒業式でめっちゃ泣く(続けてよかった)

中2になって進路を考える時期になり、ぼくが行きたいと思ったのは何度も吹奏楽コンクールの全国大会に出場している富山県でトップレベルの学校。ぼくが中3の時も全国大会に出場していました。

定期演奏会は3回公演で2000人入るホールが毎回満席になるほど人気がありました。

かなりレベルが高いので普通だったら「練習についていけるのか?」と不安になるものですが、ぼくは「まあなんとかなるだろ」とものすごく軽く考えていました。

入学後待っていたのは、中学校とは比べ物にならない楽器づけの日々。座って演奏するだけでなく動きながら演奏するマーチングもやっていました。

これがめちゃくちゃしんどい。

体育の授業でしか運動をしていなかったぼくはフラフラでした。急に運動量が増えたせいか5キロやせました 笑

部のレベルには全然ついていけず、2年生になって部の中心になってからは合奏で先生に毎回のように怒られていました。

いくらがんばっても思うように吹けない。。。部を辞めたくなったことは何度もありました。

でも部を辞めるという選択肢はありませんでした。

ぼくは吹奏楽部だけで学校を選んで入学しているので、部を辞めたらもう学校に来る意味がなくなると思いました。

あとは単純に辞めるという勇気がなかった 笑

ほとんど意地で部活を続けてましたが、辞めずに続けて本当によかったです。

部活では楽器以外にも人のやりたがらないことは率先してやる、周りの人への感謝の気持ちを持つなど人として大切なことをたくさん教わりました。

それを実際にやっていくと自信がついてきて、周りも応援してくれるようになりました。

入学したころはまともに会話できずキョドキョドしていたぼくも卒業するころにはちゃんと会話ができるようになっていました 笑

目標だった全国大会は一歩手前くらいで逃しましたが、高校の3年間がなければ今のぼくはないです。

卒業式はめちゃくちゃ泣きました。今思い返すと恥ずかしいf(^_^;

専門学校で挫折を経験

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・動物園の飼育員になりたくて千葉の専門学校に進学

・動物園のような環境で実践的に学習

・学校の人間関係は最悪

・就職にも失敗し人生に絶望

小さいころから動物が好きで動物と関わる仕事がしたいと思っていました。

そこで飼育員になろうと思い、千葉県にある結構有名な動物の専門学校へ進学。

学校には動物園のように動物がたくさんいて、実際に動物園でやる仕事を実習で行っていました。オオカミに餌をあげたり、馬に乗ったり、凶暴なヒツジに突進されたりw

おもしろいことがたくさんありました。

その反面、人間関係は最悪でした。

授業は座学と実習に分かれていましたが、生徒の間では実習で動けるやつが偉いという風潮があり、実習で動きが悪いと「使えないやつ」と思われバカにされていました。

ぼくは周りに比べ動きのいいほうではなかったので、バカにされる対象になりました。

「使えない」という意味合いの暴言や罵声を浴びせられることもめずらしくなかったです。

ここで言い返したらこいつらと同じレベルになると思ったため、ぼくは言い返さずに耐えていました。

動物業界は人気がありますが求人は少なく、就職できる人は限られています。嫌なことにぼくをバカにしていた人のほとんどは就職を決めていきました。

「動物業界ってああいう感覚の人たちの集まり?」

そう思い、なにもかも嫌になりました。

「動物以外の仕事につくとしても役にたつことが多いから卒業はしておいたほうがいい」という先輩の話を聞いていたので、学校は辞めませんでした。

結局就職が決まらないまま卒業を迎えましたが、就職が決まってないとかそんなのどうでもいいから早く卒業したくて仕方なかったです。

卒業の日には「これでもう学校にこなくていい!」といううれしい気持ちと「これが挫折ってやつかな。。。」という絶望的な気持ちでいっぱいでした。

20歳のころ、ぼくは人生に絶望してました。

吹奏楽を再開する

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・動物関係をやめて富山の一般企業に就職

・楽器を吹きたい気持ちがずっとあった

・全国大会を目指すより楽しく吹きたい

・高校の時より上手く吹けてる?

動物業界に対しての気持ちがなくなったぼくは富山で印刷会社に就職しました。

周りの人には作業が早いと言ってもらうこともあります。

専門学校では遅いほうだったんですけどね←

専門学校に行っている間は楽器を吹いてませんでしたが、楽器を吹きたい気持ちをずっとありました。

高校の時のように全国大会に出たいという気持ちはなくなっていて、それよりも楽しく演奏したいと思うようになっていました。

お遊びでやっているのではなく、真剣にやっていて楽しい。そういう基準で社会人吹奏楽団を探し、ここが一番楽しそうだなと思った楽団に入団。

楽器を再開するために東京の楽器店にチューバを買いに行きました。チューバは100万円を超えるほど高いので、買うときは何だか悪いことをしているような気分でした。

楽団に入ってからは毎週金・土曜の練習が楽しみになりました。

入団してしばらくして、高校の時よりうまく吹けていることに気づきました。高校の時できなかったことができるし、分からなかったことが分かります。

高校でやってきたことは役立っているし批判する気持ちはないですが、自由度が高いほうがぼくにはあっているのかもしれませんね。

ブログを始める

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・自分と人生を変えるため、イベントに足を運ぶ

・富山の朝活でプロブロガーに出会う

・ブログで100%自由な生活を手に入れていることに衝撃を受ける

・自分でもブログをやり始める

「今の自分を変えたい」

「もっと楽しい人生にしたい」

そんな思いから朝活であったり面白そうなイベントなどがあったらなるべく積極的に参加していました。

その中でひとつの転機となったのが富山で行われている朝活。

富山の朝活は有名で、色んな著者の方が富山に来て講座を開催されます。

その中に有名なブロガーの立花岳志さんがいらっしゃいました。

立花さんはプロブロガーと言われる方で、ブログを書いて生活をされています。

講座のテーマは心のあり方。

ぼくは立花さんのことはまったく知りませんでしたが、テーマに興味があって参加しました。

立花さんは講座の前日に富山に来られ、お昼からお酒を飲んだり路面電車に乗ったりして過ごしていたそうです。

立花さんいわくお酒を飲むとか路面電車に乗るということもブログのネタだから仕事になるんです」とのこと。

つまり生活のすべてが仕事に繋がっていますし、ブログで収入を得ているのですから24時間365日100%自由な生活をしているということです。

衝撃的でした。

それまでぼくが見たことあったブログは、芸能人が書いているファンしか読まなそうな内容のほとんどないブログ←

ブログってそういうものだと思っていましたが実際にはいろんな切り口で書かれたブログがあって、おもしろいブログがたくさんあることが分かりました。

なにより立花さんの話を聞いているうちにブログの可能性に打ち震え、なんだかゾクゾクした気持ちが込み上げてきました。

ぼくもブログをやって人生を変えたい!

そう思ったぼくはこのブログを開設しました。

恋愛偏差値0ブロガー

さて、人生を変えたいなどどいってブログを始めたぼくですが、そもそもどんな人生をおくりたいと思っているのでしょうか?

別に大儲けをして誰もが羨む豪華な暮らしをしたいとか、女遊びをしまくりたいとか、そんなことを求めているわけではありません。

最愛のパートナーを見つけて、その人といつまでも幸せに暮らす。

いわゆる普通の生活が出来ればそれでいいんです。

しかしその普通の生活をおくるというのも言うほど簡単ではありません。

結婚したとしても仲が悪くなって離婚する夫婦もいますし、どんな生活をするにしてもお金が必要になります。

今の時代は大企業でも倒産するほど不景気ですし、お金の問題は切実です。

そしてぼくの場合、これが一番問題なのですが・・・

ぼくは26歳である今まで恋愛をすることなく生きてきてしまいました。

恋愛偏差値が0なのです。悲しい。。。

最近は恋愛偏差値小学5年生レベルを自称しているブロガーさんもいるのですが、ぼくは偏差値が低いとかそういう次元で生きていません。

なにしろ偏差値がないのですから←

吹奏楽部にいたのにモテない?

とはいえ、まったくモテなかったわけでもありません。

ぼく自身はよくわからないのですが高校の吹奏楽部時代、後輩の女の子に聞いた話によればぼくは後輩女子たちの間で結構人気があったようなのです。

告白されたことはないんですが、ぼくのことを好きだっていう女の子の話も聞いたことがあります。

高校の時がいわゆる”モテ期”ってやつだったんですかね?

まあ、誰とも付き合っていないので意味がないのですが。。。

彼女ができないからといって自分を変える努力をしなかったわけではありません。

おしゃれに気を配ったり、ガリガリだとモテないと聞いてジムで筋トレを始めました(今もやっている)

ですがこれって「おしゃれだと女の子がよってこないかな〜」「筋肉がついたら〜(以下同文)」という考えからやったことなんですよね。

やってることは間違ってないと思いますが、その理由が超受け身 笑

結局彼女ができないままだったぼくは「自分から行動しないと彼女ができない!」ということをようやく悟ったのです(←遅い)

ブログでは何を書くの?

ぼくの恋愛経験のなさについて書いてきましたが、それがブログとどう関係があるのでしょうか?

ぼくはこんなことを考えたんです。

リュウ
リュウ
恋愛偏差値0のぼくが恋活をがんばって彼女を作って、デートを重ねて結婚する。それまでの過程と結婚してからの生活の様子を発信していったら面白いんじゃないか?


まあ面白いかどうかは発信してみないことには分からないですし、何より彼女ができなければ話になりません。

しかしブログで発信していって彼女を作らざるを得ない状態にしていけば、ちょっとは彼女ができやすくなるんじゃないか?とも思います。

ですのでこのブログでは、ぼくが最愛のパートナーと幸せに暮らしていくまでの過程を発信していきます。

そしてゆくゆくは、同じく恋人ができなくて悩んでいる人を助けられるだけの知識と方法論を身につけたいです。

ただ他のことも書いていきたいので、読んだ本ですとか12年ファンを続けているスピッツのことなんかも書いていきます。

ですので、恋活を中心とした「個人ブログ」という感じですね。

ちなみにタイトルの「World` End で手を繋ぐ」というのは『どこまでも続く一生を世界の果てまで好きな人と一緒にいられたら』という思いを込めたものです。

平成が終わるまでに彼女を作ります

最愛のパートナーと幸せに暮らす!まずは彼女を作る!

それを目標にしていくわけですが、期限を作らない目標というのは何の目標も設定していないのと同じことらしいです。

というわけでまず最初の目標である「彼女を作る」ことの期限を考えたのですが、ぼくはあることに気づきました。

知っての通り、天皇の退位によって年号が変わるのでいろんな場所で「平成最後の〜」という言葉が飛び交っています。

そして今現在ぼくには彼女がいません。

つまりぼくは、彼女ができないまま平成を終えようとしているのです。

平成最後のクリスマスはもはや絶望的です←

なんとなくではあるのですが、彼女ができないまま平成を終えるってなんか悲しい感じがしました。

彼女は27歳になるまでにと思っていたのですが、このことに気づいたので「平成が終わるまでに彼女を作る」ことを最初の目標の期限にします。

リュウ
リュウ
平成が終わるのが先か、ぼくに彼女が出来るのが先か?勝負開始です。

最後まで読んでくれてありがとうございました!

こんな感じでやっていくので、ちょっとでもこのブログを面白がって読んでもらえれば幸いです。