エンタ Shower満喫 ラボ

富山の吹奏楽団に所属するTuba吹き。音楽を演奏するのも聴くのも好きな「no music no life」な人間。スピッツファン歴は12年。小心者でビビリながらも興味のあることは何でもやってみるタイプ。

いつもの町並みに”死”が横たわっていた

Death is a Bridge - teleidoscope 06

 

 

 どういうわけか最近車を運転していると”死”に直面することが多い。

 

まあ死といっても人ではなく動物です。

 

死に直面したとき

それは鳥であったり犬と思われるものだったりいろいろだけど、明らかにもう死んでしまっている様子でぼくが通る道に横たわっている。

 

事故にあったのかたまたまそこで死んだのかは分からない。

なんにしてもそんな場面に遭遇すると死というものを考えずにはいられなくなる。

 

(ううっ・・・) 

 

もう動かなくなっている動物を目にするとこんな心の声とともにゾワッとした寒気のようなものがこみ上げてくる。

 

 ぼくもいつか必ず死ぬしそれがいつになるか分からないという恐怖。

 そしてもうひとつ、命のあまりのあっけなさに拍子抜けするような感覚もある。

 

死ぬ前は元気に飛び回ったり走り回ったりしていたはず。

動かなくなっている姿を見ると、生きていたことがまるで嘘だったかのように思えてくるんだよね。

 

命は重いっていうしそれは間違いないけれど、死んだ姿を見るとむしろ「命って軽いな」って思わされる。

 

(ぼくもいつか死ぬし、あんなふうになるのか。。。)

 

生きていた痕跡すら残らない

ちなみに道に横たわっていた動物の体は今では何事もなかったかのように消えて、いつもの道だけが広がっている。

 

いつまでも残しておくわけにはいかないし、誰かが片付けたんだろう。

 

それはいわば死の痕跡を消したわけだけども、ぼくには生きていたこと自体が消し去られたように感じられた。

 

これは人が死んだときも同じこと。

ぼくは中学のときにおばあちゃんが亡くなったけど、そのときもしばらくするとおばあちゃんがもとからいなかったかのような日常に戻っていった。

 

生きるって何?死ぬってあっけなさすぎない?

あのとき感じたことのはっきりした答えは今も出ていない。

 

少なくともその答えを見つけるには精一杯生きていくしかないんだろうと思っている。