満喫ぶろぐ

2つの吹奏楽団でTubaを演奏する楽器歴10年目。富山県在住。スピッツはたぶん一生好き。小心者でビビリながらも興味のあることはいろいろやってみるタイプ。

超意外!日常に潜む実は仏教用語だった言葉13選

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ぼくたちが普段なにげなく使っている言葉には必ず由来があります。

実は仏教が由来の言葉はかなり多いんです。意外なあんな言葉も仏教が由来だったりします。

 

そこで今回は仏教を学び始めて1年半程のぼくが意外な仏教が由来の言葉をまとめてみます。

 

 

 

1.挨拶

ぼくたちが子どものころから大切だと教えられてきた挨拶。実は仏教用語なんです。

 

挨は「押す」拶は「せまる」という意味があり、挨拶とは「前にあるものを押しのけて進み出ること」を意味しています。

 

これを現代的に考えると挨拶とは「心開いて相手に近づいていく」ということです。

相手に心を開いてもらうためには自分が心を開かなければいけません。

 

挨拶は人間関係を作るうえで大切なとても積極的な行為なんです。

 

2.愛嬌

男は度胸、女は愛嬌」って言いますがこれは菩薩のような慈悲にあふれ、誰もが敬い愛したくなるような表情が本来の意味。仏教ではあいぎょうと読みます。

 

菩薩とは現代的にいうと

  • 人の苦しみを自分の苦しみとして受け止める
  • 困っている人を助ける
  • 世の中の役に立ちたいと願い、実行する

 

このような当たり前だけどやることが難しいことができる人のことです。

これができる人は必ず周りから信頼されますね。

 

女は愛嬌っていうか、人は愛嬌ですかね?

 

3.阿吽(あうん)

今は「阿吽の呼吸」という息がピッタリ合っている様子として使われています。

 

本来の意味は物事の始まりと終わりをあらわすものです。

 

インドの文字の梵語(ぼんご)では始めに「あ」と口を大きく開けて発音する言葉を「阿」といい、一番最後にある「ふーん」と口を閉じて発音する言葉を「吽」といいます。

 

実はぼくたちが使っている「あいうえお」の50音は、この梵語を参考にして考えられたものなので、日本語の語源ともいえる言葉です。

 

4.あきらめる

「絶対にあきらめるな!」

「あきらめたらそこで試合終了だよ」

あきらめるという言葉はネガティブな意味で使われています。

 

あきらめるは仏教用語諦観(たいかん)という言葉が由来です。

これは文字のとおりで物事を諦らかに観るという意味です。

 

たとえば仕事に行くのが嫌だとします。

それは仕事のすべてが嫌なように思えますが、よくよく考えてみると上司が嫌だったり仕事の特定の作業が嫌なだけで仕事すべてが嫌なわけではありません。

苦しみの原因はほんの一部にあったわけです。

 

何か苦しいことがあったら必ず原因がありますが、その原因は何なのかを正しく諦らかに観ていく。そうすると苦しみの解決策も分かってきます。

 

 

5.悪口(あっこう、あっく)

これは本来の悪口(わるぐち)という意味でいいんですがもうちょっと詳しく書きます。

 

仏教では身・口・意から生じる汚れを「三毒といいます。

その中でも口から出る汚れを

  • 妄語(もうご。嘘のこと)
  • 綺語(きご。真実ではない飾り立てた言葉)
  • 悪口(あっく。他人を馬鹿にし、傷つける言葉)
  • 両舌(りょうぜつ。相手によって違うことを言う)

この4つにわけて「口の四悪行」といいます。

 

6.ありがとう

この言葉はもともとは人間に生まれるということがどういうことなのかについて語られている話の中で出てくるものです。

 

ありがとうを漢字で書くと有難う。有ることが難(かた)いということです。

ちなみにありがとうの反対の意味の言葉は「当たり前」です。

 

人が自分のために何かをしてくれるということは本当に「有難い」ことで当たり前のことではありません。

 

そのことをよく覚えておいて、何かをしてもらったら心をこめて「ありがとう」と言いましょう。

 

7.有頂天

仏教では命あるものが住む世界は下から「欲界」「色界」「無色界」の3つに分けられていて、これを「三界(さんかい)」と呼んでいます。

 

無色界をさらに4つにわけ、その頂点を「有頂天」といいます。

 

それが現代で使われるすべてが思い通りにいって絶頂の気分になっている人をあらわす「有頂天」として使われるようになりました。

 

ちなみに仏教では有頂天になっていい気分になっているときが一番危ないとも言われています。有頂天だとおもったら逆に気を引きしめ直しましょう。

 

8.玄関

日本に必ずある玄関。

これは中国仏教でうまれた仏教用語で、本来の意味は「奥深い教えに入るためのカンヌキ」です。

 

日本ではお寺で仏教の教えが説かれていたので、玄関は「寺の門」をあらわしていました。

 

それが「家屋の入り口」を意味するようになり今使われている「玄関」になっていきました。

 

9.億劫

今では「気が進まず面倒なこと」という意味で使われていますが、これも仏教用語であり、「百千億劫のこと。無限に長い時間、永遠」という意味です。

 

”劫”は時間の単位にあたるもので、一劫は「四十里立方もある大岩の上へ百年に一度、天女が降りてきて衣の袖でその表面をなでる。そしてその岩がすりきれるまでの時間」のこと。なんて途方もないんでしょうf(^_^;

 

仏教の本尊の阿弥陀仏は、ぼくたち人間を苦しみから救いだすにはどうすればいいかを五劫もの時間考えてくれたといいます。

 

10.自業自得

最近多い芸能人の不祥事のニュース。ああいうのを見ると自業自得だと思うのではないでしょうか。

 

一般的に自業自得とは悪い行いをしたら悪い結果が返ってくるというふうに受け止められています。これは半分あってて半分間違いです。

 

仏教で自業自得は、悪い結果だけでなくいい結果に対しても当てはまります。

  

「自分のやった行い(業)に応じた結果(得)が返ってくる」というのが仏教の根幹にあたる考えです。

 

心で考えること、口に出した言葉、体で行ったこと・・・

そのすべての行いによってぼくたちの運命が決まります。

 

自分の運命は自分の行いが生み出したもの=自業自得

これが仏教の考え方です。

 

11.旦那

結婚した夫婦の男性のことをさす旦那も仏教用語です。

 

仏教には布施というものがあります。相手の利益になることを見返りを求めずにやることで、他の言葉でいうと親切のことです。

 

布施のことをインド・ヨーロッパ祖語で「ダーナ」といい、これが派生して旦那という言葉になりました。

 

つまり旦那とは「布施をする人」のことなので、奥さんや子どもに対して見返りを求めず施しをするべきなんです。

結婚してないぼくが言うのもおかしいですけどね 笑

 

12.皮肉

中国禅宗達磨大師の「皮肉骨髄(ひにくこつずい)」が語源の仏教用語です。

骨や隋は「要点」や「心の底」のたとえで、本質の理解を意味しています。

 

皮や肉は表面にあるもので、皮肉には骨がありません。

つまり表面的にしか物が見れていなくて本質を理解していないという非難の言葉です。

 

13.迷惑

迷惑な人っていますよね。ぼくは迷惑メールとか変なLINEアカウントからのメッセージが迷惑です 笑

 

仏教での迷惑は「心の迷い」「道理に迷うこと」をあらわしています。

「迷」も「惑」もまようということでこれが本来の意味です。

 

 

しかし現代ではこの意味は忘れられてしまい、不快感を与える行為をあらわす言葉で使われるようになっていきました。

 

まとめ

知らないだけでぼくたちの日常の中で仏教の言葉はたくさん使われています。

 

日本には仏教は根強く浸透しているんです。

他にも意外なところに関係していておもしろいですよ!

 

読んでいただき「有難う」ございました!