満喫ぶろぐ

2つの吹奏楽団でTubaを演奏する楽器歴10年目。富山県在住。スピッツはたぶん一生好き。小心者でビビリながらも興味のあることはいろいろやってみるタイプ。

【感想】当たり前のものなんてない。 映画「この世界の片隅で」

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映画「この世界の片隅で」がロングヒットしています。

 

最初は公開館数63と少なかったですが、満席が続いたことで次第に増えていき、現在は270館まで増えています。映画ランキングでも12週連続で10位以内をキープする興行を続けています。

 

この映画は戦中の広島県の軍都、呉(くれ)を舞台にしています。戦争によって日常が壊れていくところをみていると、当たり前のことなんてないんだと強く感じます。

 

 

「今」と変わらない日常

 

いわしの干物4匹で、一家4人の3食分。

 

 

映画では戦時中のありのままの生活が描かれています。

 

配給がへり、毎日の食事を確保するのも一苦労。食材がないからと草をつんだり調理法を工夫して生活しています。

 

主人公すずさんを中心とした登場人物たちのあいだでは笑顔がたえません。苦しい生活の中でも明るく前向きに生きています。

 

その様子は物質的に戦時中より満たされている今の時代となにも変わりません。

 

食べる、笑う、ねる。そんな当たり前の日常を今の時代と同じように積み重ね、幸せに生きようとしています。

 

多くの人はお金など物質的に満たされていることが幸せであると考えています。しかしお金があっても不幸な人はいますし、逆にお金がなくても幸せな人もいます。

 

物質的な豊かさは幸せに関係ありません。自分しだいで物がなくても幸せになれます。

 

戦時中と現代。いったいなにが違うでしょうか。

 

当たり前がなくなっていく 

すずさんたちはみんなで笑って過ごしていけることを望んでいました。しかし戦争が激しくなって空襲がくるようになって、当たり前だったはずの日常は失われていきます。

 

 

当たり前のように一緒にいた人は戦争にまきこまれて亡くなり、すずさんは時限爆弾によって右手を失います。すずさんは絵を描くのが好きで、呉の風景を書くこともありましたがそれもできなくなります。

 

当たり前に存在していて当たり前であるべき日常は、戦争によって変わっていってしまいました。

 

今のぼくたちの日常も同じです。戦争まではいかなくても環境が変わればたちまちくずれてしまいます。当たり前のように日常をおくっていますが、決して当たり前のことではありません。

 

ですが当たり前だとおもっている、それは普通のことだとおもいます。本来当たり前に存在しているべきことなのですから。

 

当たり前の日常が当たり前に存在している。これからもそうあってほしいと、映画をみて強く感じました。

 

 

死んだら幸せになれない

人は誰でも幸せになりたいと考えています。

不幸でいたいという人はいないでしょう。

 

すずさんたちも空襲が激しくなり、死がはっきりと身近にあるなかでも必死に生きようとしています。戦争が始まるまえのような、普通の幸せを求めているんじゃないかとおもいます。

 

死んだら幸せになれないし、人を殺して幸せにはなれません。同じことをくりかえしてはいけないと改めて感じました。

 

 

まとめ

この映画はクラウドファンティングで3374名のサポーターから39,121,920円の製作資金を集めて作られました。「この映画がみたい」というたくさんの声が形となった作品です。

 

多くの人に支えられて映画になり、さらに多くの人に届いている。人と人とのつながりは今も昔も強いものだとおもいます。

 

最後に他の人の感想のまとめ。

 

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読んでいただきありがとうございました(^ ^)

 

 

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